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2021.12.4

駅のほう行こ! このへんよりはいろいろありそう。

 たしかに、と頷きあう。時間までに帰れないのなら、北に戻るより南下したほうが駅は近い。まっすぐ行って大通りを右、とリンがスマホのナビを復唱して先導する。恋人がリュックの紐を握って思い詰めた表情でつづき、ほかのみんなも、何人かはスマホで検索をしながら動き出す。もうあまり、外のこと──街の音や匂い、軒先の個性、寒さや冬の星、そういうことは目に入らない。足音も、呼吸の感じも張り詰めて、ときどき交わす言葉も簡潔な早口だ。散漫としたお散歩から一挙にモードが変わった。みんなでひとつのことを目指して協働しているような。原因の一端は自分にあるのだから口に出すことはできないのだが、楽しい、と感じてしまう。

 ちょっと遅れるかも、ってチャットした。

 それやったら急いで帰りゃ間に合うたんちゃうん。

 何分くらい遅れていいの?

 んー、と恋人はスマホを見つめる。そんなに散歩楽しかったの、しかたないなあ、とヤスミンが、しゃべれるはずのない日本語で苦笑するのが頭に浮かぶ。まあ五分くらいかな。

 ドイツ人は時間に厳格やもんな。

 そういう問題ちゃうやろ。

 信号で止まり、左右から車も人も来てないから急いで渡る。オッケーじっくりお茶沸かす、って。恋人が言った。ヤスミンはほんとにいい人だ。

 あ、なんかWi-Fi拾った! ベラさんが不意に大きな声で言った。それとほぼ同時に、周囲の地図を表示していた私のスマホにもポップアップが現れ、たぶんベラさんと同じWi-Fiに接続される。だいたいの家や店はWi-Fiにパスワードをかけているのだが、どうやらこの回線は開放されていて、すぐに画面上のアンテナマークの表示が変わった。ポート名はyoh-nen-diで、ルールーが手元から、よー、ねん、でぃ、と読み上げる。いや、〈じ〉やろ、よーねんじ。ミツカくんがつっこみ、ルールーが恥ずかしそうに黙る。住宅ばかりが並ぶなか、すこし先の角を曲がったところに、卍のマークがぽつんとあった。

 寺?

 寺!

 寺やったらこう、慈悲の心で協力してくれるんちゃう。

 隣人愛だ。

 リョウくんそれはキリスト教。言いあいながらもバタバタ歩いて角を曲がる。建て売りっぽいのが並んだ先に、古ぼけた山門が暗くたたずんでいた。


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