戻ってきたときベラさんはにやにやしていた。
みやびさ、また灰皿置きっぱだった。
あらま。
でね、と堪えられないように喉の奥でクククと笑う。短い煙草しかないの!
もー、しょうがないじゃん、すぐ入れたら匂いも入っちゃうし。恋人が不本意そうに唇を尖らせてみせる。私にはよく意味が取れず、きょとんとしていると恋人が説明してくれた。つまり、燃えた灰がね、ぜんぶ風で飛んでっちゃった!
私たちの部屋は最上階だから、上に向かって流れる煙ならいいが、風で飛ぶ灰はどこに行くかわからない。窓のなかに消える洗濯物のことを考える。虚心に笑えない私に戸惑ったようにベラさんが、でさ、そのこと話したばっかなのにいまもみやび、灰皿忘れて戻るとこだったんだよ!と言う。私はようやく声を出して笑い、ンモー、と何かの漫画の真似をした。
今日はどうだろう。何度かベランダに出ていた恋人は、灰皿を部屋に入れただろうか? ミーティングのために散歩を中断して私たちの部屋に行くことを、私は今さら思いつく。彼女がヤスミンと話している間、私たちはLDKでコーヒーでも飲んでいて、ミツカくんがときどき、彼女の部屋を通り抜けてベランダに出る。PCのなかのヤスミンと話しながら、彼女がミツカくんにちらりと目配せをする。机の下で手を振る。ミツカくんはウィンクを返すが、そのときすでに恋人はPCに視線を戻している。
私ですら最近入ってない彼女の部屋に、通るだけとはいえ別の男が何度も出入りすることに、私は、想像しながら勝手にやきもきしている。嫉妬めいた感情を自分が抱いていることが、妙にうれしかった。
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