小説に関してはそうだ。私は小説を書きつづけ、たぶんそれなりに上達してきた。しかし、私は新人賞を受けるまで、小説を書くトレーニングしか積んでこなかった。受賞を知らせる電話で編集者は私に、受賞のことばを書いてください、と言った。しめきりは、短くて申し訳ないのですが五日後くらいで、すぐ校正にまわしますんで。ずっと残るものではあるけれども、まあ構えず、真率な思いをお書きいただければ。その言葉は私にとって、数年前の友人の言葉のように衝撃的というか、驚きを運んできた。応募したあと、主催誌のバックナンバーを漁って過去の受賞作をいくつか読んで、受賞のことばや選評にも目を通してたけど──あれは人が書くものなのか。パン屋が棚の端で三十円くらいで売るパンの耳みたいに、わざわざそれを目的に作るようなものではなく、小説を書いてれば自動的に生成されるものだ、くらいに思っていたのだろう。たじろいだ私は何か、あまり思い出したくないような、思い出そうとするだけで頭が痛くなってくるような内容のことを書いて送った気がする。
とにかく、私はデビューするまで、エッセイだのコラムだのを書く練習はしておらず、それでもそういう依頼はあるし、依頼がくればうれしくなってぜんぶ受ける。それでこうして唸りつづけ、いつまで経ってもぜんぜん書けない。
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