top of page
2022年2月14日
2021.8.14
私たちが使っているバルミューダは、湯が沸くのが早いのはいいのだが、沸いた直後は熱すぎて、ちょっと口がつけられない。椅子には座らず、カップから静かに立ちのぼる湯気を見る。十数センチの高さにゆらめいて、香りを残して消えていく。紅茶には興味がないがコーヒーは好きで、しかしコーヒー...
2022年2月13日
2021.8.13
ゲラを上書き保存して編集者に送る。ひと息ついて立ち上がり、部屋を出る。昼過ぎのLDKの窓は西に向いていて、この時間がいちばん明るい。私がゲラに集中している間に恋人が紅茶を淹れたらしく、部屋には残り香が漂っていた。彼女は私と違って紅茶が好きで、なんとかという品種ばかり飲んでい...
2022年2月13日
2021.8.12
はたして私がいま打ったこの読点は、オスカーに見せても恥ずかしくない読点なのか? しかし私が書く作品はほとんどがオスカー・ワイルドと関係のない文章で、ワイルドのことは雑念にすぎず、そんなことを考えながら打つからゲラでめちゃくちゃ出し入れすることになるのだ。...
2022年2月13日
2021.8.11
ワイルドはある日、昼食をともにした友人に、午前中の執筆はどうだったか訊かれて、とても捗った、ここ最近ずっと取っ組んでる作品から、カンマをひとつ取ったんだ、と答えた。そして夜、同じ友人と食事をとりながら、午後はどうだったか訊かれて、充実した表情で頷き、午前中取ったカンマを戻し...
2022年2月13日
2021.8.10
そういうことは、デビュー以来くりかえし考えてきたし、けっきょく結論はいつも同じだ。届くことを信じなければ小説なんて書けない。作品は、それを構成する文のひとつひとつは、個々の単語は、句読点みたいなちいさな記号にいたるまで、すべてが読者へのメッセージだ。とこうして言葉にするとな...
2022年2月6日
2021.8.9
自分の文章を読むのが好きだし、ゲラの段階になれば、ここから先は良くなっていくばかりだ。語彙の運用、句読点の位置、漢字の閉じ開き、ちょっとした言い回し、そういうところに手を入れれば入れるほど良い作品になる。もちろんやり過ぎれば逆効果だが、そこらへんはうまいことバランスを取る。...
2022年2月6日
2021.8.8
すでに二度目のゲラだから、ページ数が変わるくらいの大きな加筆や削除はしないが、細かな表現を変えたり、読点を出し入れしたりする。編集者の書き込みは、方言(私の作品はやたらと方言が多い)なのか誤記なのかの確認とか、表記揺れとか、ポリコレ的にちょっと危うい語彙を指摘するくらいのも...
2022年2月4日
2021.8.7
さっきから一行も進まないワードファイルを閉じる。私のマックのデスクトップには、現在作業中のワードとかゲラのPDFとかが画面中央に並んでいて、あとはぜんぶ〈仕事〉と〈その他〉の二つのフォルダに突っこんでいる。そのなかから、再来月の文芸誌に載る予定の中篇のゲラを開いた。パンデミ...
2022年2月3日
2021.8.6
私はなんだか回想ばかりしていて、原稿もぜんぜん進んでおらず、なんというか思考が散漫としてきた。生まれてから三十数年間、一日に一日ぶんずつ記憶が増えつづけている。今を生きるのは、いつか過去になる時間を積み重ねていくことだ。私は生活しながら、未来を見るように今を見て、今を考える...
2022年2月2日
2021.8.5
ウノ飲みすぎやわ、水あげといて。 そう言ってカウンターのなかに戻ったミツカくんの言うとおり、私たちは宇野原さんにがぶがぶ水を飲ませた。試合は延長後半、私たちが目を離してる隙に失点して負けた。感想戦もたいして盛り上がらず、私たちは終電よりけっこう早い時間で解散した。あれももう...
2022年2月1日
2021.8.4
約束? 恋人が言う。 みやびも忘れてるのか。ルールーはちょっと寂しそうに首を振った。 おれは憶えとるで! ウノは憶えとらんでしょ。ベラさんが冷たく返す。ルーちゃん、なんか約束してたの? こないだのなんかの決勝?のとき、次はわたしも観る、って言った。...
2022年1月31日
2021.8.3
三つの連載を同時進行するために、一日から十五日までは枚数が多いAの、それから二十日までは短いコラムであるBの、残りの月内に枚数に融通のきくCの原稿をやっつける、みたいなサイクルで毎月やっていて、それが五輪進行とやらで崩れた、みたいなことをルールーは話した。それはルールーがつ...
2022年1月31日
2021.8.2
スペイン戦の日、ミツカくんの店には、前回のメンバーに加えて、川崎から戻ってきたベラさんが集まった。常連のなかには、この店が代表戦の日だけブックバーからスポーツバーに変わることを知っている人も多く、私たち以外にも二、三人、カウンターに背中を預けてテレビを見上げる客がいた。彼ら...
2022年1月31日
2021.8.1
私とミツカくんはサッカー好きで、私の恋人や宇野原さん、あとベラさんは私たちにつきあって観ているうちにだんだん好きになってきて、私たちは日本代表戦とか大きな試合があると、それが金曜とかのかき入れどきに重なっていなければミツカくんの店で集まって観るようになっていた。そういうとき...
2022年1月31日
2021.7.31
延期したあげく中止になったはずなのに強行されていたオリンピックに際して、かつて東京で開催されたときはいろんな作家が観戦記を書いてたし、そういう本もいくつか復刊していたから、東京でまたやると決まったとき、作品からほとばしってるくらいサッカー好きな私なんかにだって特等席で試合を...
2022年1月31日
2021.7.30
お互いのカップをコーヒーで満たして、手を振り合ってそれぞれの部屋に入る。机に置いていたスマホに通知はなかった。みんな何をしているのだろう。さっき想像した七人の動きは、もちろん私が勝手に考えただけで、実際のところ私はリンがどんな作品を作ってるかも知らない。そもそも今日空いてる...
2022年1月31日
2021.7.29
パンデミック前はけっこう、海外の映画祭に出張することもあったが、感染が落ち着いたあとは年に一度ほどになった。同棲する前は、私が彼女の部屋にいるときに海外の権利者とミーティングしていることもあって、ネイティブの速度で飛び交う英語はほとんど私には理解できなかったのだが、ときどき...
2022年1月31日
2021.7.28
このあとは、またそれぞれ午後の作業に戻る。私は私の部屋で原稿と取っ組む。彼女は彼女の部屋で、なにか電話したり英語でメールを書いたり会議に出たりする。 そういえば私は彼女の仕事の内容をよく知らないな。外国映画専門の配給会社で、上映権とその対価について、制作会社とか権利者と交渉...
2022年1月24日
2021.7.27
これが私の書く小説なら、ここで舞台が宇野原さんの家に移って、ルールーかベラさんが目覚めるところから描写をはじめる。ベラさんかな。宇野原さんをたたき起こして、二人の騒がしさにルールーも目覚める。寝起きの悪い二人の背中を押して洗面所に行き、三人で順に顔を洗う。それからがちゃがち...
2022年1月23日
2021.7.26
万難をはいして、と恋人は私へのLINEで書いていた。みんなで私たちの住む街まで来て散歩する。その提案をしたルールーはたぶんいま宇野原さんとベラさんの部屋で、みんなで炬燵に足を突っこんで熟睡している。店のために昼夜逆転してるミツカくんもたぶんまだ寝てる。エリカとリンは共同アト...
bottom of page