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2023年11月10日
逃げ水を追う
小説を書きながら、だいたいは小説に書かないことを考えている。推敲を経て消した言葉や、検討した結果書かないことにした場面のことだけでなく、上手く言葉が出てこない苛立ちとか今朝食べた桃の舌触りとか、近所で工事をしているおじさんたちの声とか、今日の作業を終えたあとに読む本とか。夜...
2023年10月10日
糸魚川の北海道弁
糸魚川市というのが新潟県のどのへんにあるのか私はよく知らない。高校の地理の授業で習った、フォッサマグナの境界である糸魚川─静岡構造線というののことは今も憶えているし、受験のために必死で頭に叩きこんだから今後もしばらくは忘れないだろうが、それだけだ。...
2023年8月11日
ユートピアの話
たしか三鷹あたりにしようと話していた。私たちは誰も東京に住んだことがなく、知ってるのは山手線の内側だけだった。私たちみたいな表現者志望の若者は高円寺というところに住むものだ、というのはなんとなく知っていたが、地図上でどの辺りにあるのかはよくわからない。三鷹は中央線のどこかに...
2023年7月13日
山ヌケと海の地震
七年ほど札幌に住んでいた。郷里の鳥取と札幌は、直行便ではつながっていない。デビュー作の内容で実家と気まずくなった二年ほどを除いて毎年一、二度の帰省で、そのたびに違うルートを選んだことにたいした理由はなく、いずれにしても長い距離を毎度同じやりかたで移動するのは飽きてしまいそう...
2023年6月10日
メタフィクショナルな悪ふざけ
考えてみればそんなことを怖れるのは馬鹿馬鹿しいことではあるのだが、演劇やライブや講演や、とにかく舞台の上に生身の人間が立って何かパフォーマンスをするのを観に行くときいつも、じゃあここでお客さんに上がってきていただいて……みたいな展開になるのが怖かった。実際そういうことは何度...
2023年5月10日
彼が話そうと思わないこと
もしも君が、ほんとにこの話を聞きたいんならだな、まず、僕がどこで生まれたかとか、チャチな幼年時代はどんなだったのかとか、僕が生まれる前に両親は何をやってたかとか、そういった《デーヴィッド・カパーフィールド》式のくだんないことから聞きたがるかもしれないけどさ、実をいうと僕は、...
2023年4月10日
その意味
いつかは鳥取に帰ってくるんだろう、と、親戚に言われたことがある。私は四人きょうだいの末っ子だから、家を継ぐことを期待されていたわけではない。彼らにとって東京は、高等教育を受けたり、社会人としてのキャリアの初期を過ごす場所だ。地元で仕事をするための基礎ができたら──そのころに...
2023年3月10日
恋と帳面
はじめて日記を書いたのは小学生のころだった。学校の宿題だ。一行目に薄く刷られた「せんせいあのね、」をなぞってから、その日の出来事を書く。どんなことを書いても先生ははなまるをくれたが、最終行まで埋めなければ叱られた。そのころの私にとって日記は、強制されて書くものだった。二年生...
2023年2月10日
ちんまりおとなしくおさまること
先週観た『ねほりんぱほりん』のゲストは二人の元K-POPアイドル練習生だった。オーディションに合格し、練習生に選ばれた彼らは、デビューを目指して厳しいレッスンに励む。朝起きてから夜寝るまで、ときにはさらに翌朝まで自主練をつづけることもあった。事務所からは、整形をすること、学...
2023年1月10日
剣戟の速度
「ひまじゃないですよ。このあいだ買った五千ピースのジグソーパズルは、まだ半分もできてないし、『大菩薩峠』も読みかけ、近所ののらねこのノミ取りも、まだぜんぶおわってないんです」と名探偵は言った。それを聞いて語り手が述懐する。「世間ではそういうのを、ひまな状態っていうんだけど」...
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